キーワード探し1..φ(。。 )..φ(゚ー゚=)の記事一覧
2007.12.25 自他共に許せることこそ鍵
2007.11.24 (*´ェ`)ボー...Σ(*゜ェ゜*)ハッ法則だ!
2007.11.16 愛を学ぶという事
2007.10.31 終わっちゃいましたねぇ
2007.10.24 必要な循環とバランスの大切さ
2007.10.19 クロちゃん通信7
なぜ「孤独」を意識するのか
独りが好きな人は「孤独」だとは
決して言わないだろうと僕は思っている。
一緒に遊んだりするような仲間がいないからといって、
その人が「孤独」だとは、決して・・・限らない。
僕にしても、相棒(ゆか)にしても・・・どちらかというと、
「トモダチ」と呼べるような、特定な存在とワイワイと
過ごすことよりも・・・自分のペースでいられることが
楽しく過ごせるので、大人になるにつれ・・・「孤独」を
感じなくなってきたような気がする。
それとは別に、実は人が「孤独」と感じるのは・・・
自分が「心」(こころ)を閉ざしているからかも知れない。
どんなに仲間が居たとしても、「心」(こころ)を閉ざした
人間は・・・「孤独」を感じてしまうのだろう。
だから、誰かと居れば「孤独」から解放されると・・・
結びつけてしまうのは、逆にキケンなのかも知れない。
恋人と居て、結婚して・・・「孤独」なのは、自分が相手に対して・・・本当に「心」(こころ)を開いてるかを、
いまいちど・・・自問自答してみるキッカケなのかも知れない。それを、「この人だから・・・自分の心は、
満たされず孤独なんだ!」と決め付けてしまうと・・・
ますます相手との関係はギクシャクしていくばかりか、その孤独感を別の相手に埋めてもらいたくなり。
その先に待っているのは、浮気・不倫・破局・離婚・・・と、どんどん自分を「孤独」にしていくばかりだろう。
独りでいても、それを「孤独」と感じなければ・・・その人が「孤独」だとはいえない。
だが、人が羨むような恋人や配偶者が居ても・・・自分が、その相手に対して「満たされない」と思えば、
「心」(こころ)は・・・「孤独」と感じてしまうだろう。その「孤独」は、相手が変われども自分の心の中に、
自分の「心」(こころ)が満たされなければ、「孤独」だと感じるモノがある限り・・・その人は「孤独」だ。
この世には、自分ひとりで生まれた人間など・・・誰もいない。
みんな、父親や母親・精子と卵子によって・・・誕生してきている。それだけでも「孤独」とはいえない。
なぜ、「孤独」を意識するのか。
それは・・・「独りになって、もっと自分の「心」(こころ)の在り方そのものを問いなさい」という・・・
そんな、メッセージだと受け取れれば・・・その「孤独」は、いずれ「孤独感」から解放されていくだろう。
つまり、「孤独」だと感じるときは・・・自分自身と向き合う時期がきているのだと思えばいい。
そうすれば、なぜ・・・「孤独」だと感じてしまうのかにも、気付いていくことができるようになる。
それを、他の誰かに埋めてもらおうだとか。何かによって孤独から解放されたいと思うから・・・
いつまでたっても「孤独」から解放されないだけなのだ。独りで居ても、友達と呼べる存在が無くても。
それは・・・自分が「孤独」という部屋から、出て行こうとしていないからだけなのだから・・・−福−
自他共に許せることこそ鍵
弱い者は、許すということができない。
許すことができるのは、強い者だけだ。
(マハトマ・ガンジー)
人は・・・自分を「許す」ことから、自分以外の人も許せるようになる気がします。
それは自分たちの経験から視ても・・・そんな気がするからです。
そして、人が大きく成長できるのは・・・
自分が「許したくない」ほどの感情を抱いてしまう、そんな相手や出来事を自分自身が「許せたとき」
つまり、「許せない」くらいの相手に出会ったときこそ・・・実は「魂」(たましい)の成長という観点では、
大きなチャンスだといえるかも知れないってことです。
福ちゃんと出逢った頃、福ちゃんが言ってたことがありました。それは、自分を刺した相手のことと。
自分の父親のことを許せないという・・・憎んでいる、恨んでいるというようなことを・・・
その話しを聴いたときに、わたしは福ちゃんに何か言ったんですけどね・・・そのことを何年かして、
福ちゃんに言われたことがあって。そのときの、わたしの言葉がキッカケで変わる一歩になったと。
わたしは・・・ただ「もぅ済んだ事だし、許してあげたら。憎んだり、恨んだりしてても・・・自分だって、
心が苦しくなっていくだけじゃないのかな?なんだかソレって、すごく哀しい気がするけど・・・」と、
そんな感じのことを言っただけなんですけどね。
他人を許し、自己を許す それが神への近道
(ジェラルド・G・ジャンポルスキー/精神医学者)
福ちゃんも、憎んだり恨んだりしていた人を許したことで・・・自分自身も「許す」ということへ、
行き着いていった、、、そんな過程がありましたが、そしていまは「霊的真理」の道を歩いています。
わたしは、腹立たしく自分が感じるとき・・・その感情が強いときほど、自分の中で一呼吸おいて・・・
自分自身のこと。そして、何に対して腹立たしく感じたのかを・・・客観的に視るよう心がけています。
冷静になって、客観的に視ると・・・怒ってた自分がときどきバカらしく思えたり。恥ずかしく感じます。
「許せない」と感じたとしても、その多くは・・・ただ単に、自分が想ってたような対応や返事をもらえず、
自分自身が不愉快になったりしてるだけだったり・・・ってことが、多かったりするものです。( ̄_ ̄ i)
そうやって、客観的に冷静に視ると・・・「許せない」と感じた相手ほど、実は・・・感謝できるものです。
なぜなら・・・そうした相手に対してほど、自分もカッカしてたり。答えを期待していた部分があったり。
けっこう、そんな自己中だったりする部分があって。逆に、そうしたことに気付かせてもらえるので。
きっと・・・本当に「許せない」相手なんて、逆に・・・そうそういるものではないようにも思います。
(*´ェ`)ボー...Σ(*゜ェ゜*)ハッ法則だ!
今日、投稿した内容を・・・いろんな角度から分析していて・・・(*´ェ`)ボー...Σ(*゜ェ゜*)ハッ!と気付いた。
これって本当に・・・さっき、福ちゃんが言ってた「因果応報」だってことに気付いた気がした。
霊的観点から視た場合、「過去」「現在」「未来」という時間は同時にあるようなものだから・・・
ユダヤの人たちが迫害を受けてきた過程は、自らが招いてしまったってことなのかも知れない。
確かに・・・ユダは、キリストを裏切ったわけではなかった。コレが「真実」なのだとすれば・・・
ソレを誤解した人たちや、その子孫が・・・ユダやユダの子孫に当たるユダヤの人々を迫害してきた。
でも大きなカギは・・・現在の、ユダヤという三文字の根源を視れば・・・ある意味で明らかなのかも。
つまり・・・ユダヤという三文字の根源が、振るい上げた・・・その怒りの刃は・・・自分たちに向いてた?
とも、いえるのかも知れない。・・・だとしたら、この先は?どこかにキーワードがあるはずだ!
旧約とは、唯一神ヤハウェとイスラエルの民が結んだ契約のことです。
イスラエルの民が神に忠誠を誓い、約束を守れば、神はイスラエルの民に
祝福と恩恵を与えるというものです。
ココに、何かヒントがあるとすれば・・・神と結んだ契約ってなんなんだろう・・・?
ソレを知らなくちゃ。ソレを、調べてみなきゃ。とりあえず、また調べて何かに気付いたら・・・
このコトとは、また向き合ってみたいと思う。コレと平行しながら、また別の角度から視ていこうっと。
愛を学ぶという事
愛を学ぶという事
愛とは あなたを強くするものです愛とは あなたを光に導くものです
愛とは あなたを広がりへと導くものです
愛とは あなたを無限大の慈しみへと誘うものです
「愛されること」と「愛すること」とは・・・その原点になるモノとは・・・
崘枸検
愛とは愛する人の生命と成長に関心を示し、積極的に関わること。
愛の本質は、愛する人のために「働き」何かを「育てる」ことなのだから、
愛する人への思い遣りはカタチで、示していけばよい。
◆崟嫻ぁ
愛は義務感からではなくて、自発的に相手のニーズに応えるもの。
つまり…「責任」(レスポンシピリティ)とは、「応答する」(レスポンズ)「能力」(アピリティ)なのです。
「尊敬」
尊敬は「恐れ」でも「畏怖」でもない。愛する人を、あるがまま見る。
その得意な、個性を理解し尊敬することなのです。
ぁ嵳解」
人を尊敬するには、その人を理解すること無しには不可能であり、その人への配慮と責任も、
その人を理解することができて初めて可能となるものです。
一方、理解も、その相手に対する関心や配慮によって、
動機づけられなければ空虚となるだけなのです。
また愛の局面である、理解は愛する人の周辺に、とどまらず、
その人の中核において理解することなのです。
つまり「愛とは」…相手への積極的な「侵入」なのです。
終わっちゃいましたねぇ
初回のときも少し触れたけれど・・・何だか考え深いものがあるドラマでした。
あんまりドラマって見ない方で、欠かさず見たのって克っちゃんの「ガチバカ」以来かなぁ〜(笑)
昨日のドラマのラストシーンの展開から・・・いったい、どうなっちゃうんだろうって思ってたけれど・・・
最終回も・・・(T-T)(T-T)(T-T)(T-T)(T-T)(T-T) ウルウルものでした。
豊原家は・・・「離婚」を通して、家族。そして、ホンモノの夫婦になれたのかも知れないなって気がする。
夫婦って、なんなのかなぁ〜 家族って、なんなんだろう・・・ 夫婦の在り方。家族の絆。
このドラマには、そんなキーワードを残してくれた気がする・・・そんなドラマでした。
案外、夫婦や家族って・・・夫婦共働きの時期だとか。子育てに追われている期間だとか。
そういった間は、本当の家族として。また夫婦として・・・ホンモノになってないのかも知れない。
何だか、ドラマや。自分自身のことを重ねて考えると、そんな気がしてならないなぁ〜
個々の人間だって・・・さまざまなことを経験してこそ、人としても熟し。また「魂」(たましい)の成長もある。
そぉ考えれば木が生長していくように、「家族」や「夫婦」って樹木が成長していってるのかも知れない。
見かけだけの家族愛まがいや。仮面夫婦・・・そんな形式やカタチなんか・・・求めるよりも。
茨の苦難の道を乗り越えていきながら・・・そうやって「夫婦」や「家族」の樹の成長を見守りながら・・・
いつかホンモノの実りへと、樹が熟すことを考えながらいくのが・・・「夫婦」や「家族」の在り方なのかな。
きっと・・・「夫婦」であっても。「家族」であっても。互いの・・・そして個々の考え方や生き方。
そうしたモノを、お互いに。そしてそれぞれが・・・認め合えない間は、ホンモノにはなれないのかな。
何だか、「熟年離婚」を・・・見終えて、わたしは・・・そんな気がしたかな。きっと・・・我が家にしても、
まだまだ「夫婦」としても。「家族」としても、熟してなんかいないんだよね。そぉ思ったら・・・
これからが、ホンモノにしていける時期なのかも知れない。大事に育てていかなきゃね。
必要な循環とバランスの大切さ
陰陽と五行のバランス
『ツインソウル』(双子の魂)や霊的真理を知れば知るほど・・・陰陽と五行のバランスの大切さと、大きさを感じずにいられない。
森羅万象は木、火、土、金、水という5つの要素からできていると言われる。
考えてみれば・・・生物は陰陽から成り。物事にも陰陽があるのは何故だ?
『ツインソウル』(双子の魂)の必要性は、恋愛や結婚などという単なる
男女の関係でのことなどではなく、もっと奥が深く大きいものを感じる。
『ツインソウル』(双子の魂)は、バランスを保つためにあるとしか思えない。
いまの社会に欠けているモノとは、一体なんなんだろうか?
いや・・・いまの人類に欠けてしまったモノと言ってもいいだろう。
食品偽装といい、官僚や政治家たちの偽装とも思える行為といい・・・多発する理由なき犯罪。
いまの世の中は暴力や嘘偽りで塗り固められてしまっているとしか思えないほど、腐敗しきってしまっている。
いろいろなことに眼を向ければ向けるほど、知れば知るほど・・・明らかにバランスが崩れてしまってる
としか思えない。それは・・・個々に至るまでなのだろう。 感じてくるのは危機感に満ちた波長(はちょう)
なのは、どうしてなのだろうか?それは年々、強くなる。
とにかく僕らが感じてくる波長(はちょう)は、不思議なくらいスピリチュアルなことを発信している方と
何故だか符号する部分が多いのが、余計に僕らに・・・やりきれなさと虚しさをもたらしてくるのだが・・・
だが、そんなことも言ってられないのだろう。何ができるのだろうか。何をすべきなのだろうか。−福−
相生(そうじょう) 木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、 この関係は永遠の循環を示すものです。 「相性が良い」という言葉は、 | 相剋(そうこく) |
![]() | |
陰陽について | 陰陽五行説 |
( '-' )( ,_, )( '-' )( ,_, ) ウンウン わたしも福ちゃんと同じ意見ですね。
自分自身の経験とかから視ても・・・人間関係にしても、自分の肉体や心の部分にしても・・・
「バランス」や「循環」が上手く働かなくなってしまうと、不調をきたすんだなって実感してきたので・・・
言葉でも五が含まれるのって、けっこうありますしね。五行・五感・五臓・五体・五穀・五国・五石・・・
人間の心の潜在意識にも、こうしたものがあるって言います。それは・・・次の5ツなんですよね。
5つの心理・・・自我・感情・身体・理性・知性・・・この5ツが、人間に影響してるって聞きます。
「陰陽」っていうものも、福ちゃんと一緒にいると強く感じますね。人間の男女の場合だと・・・
外見的な凸凹って印象を抱きやすいけれど、「魂」(たましい)の部分でいうと凸凹っていうよりも・・・
↑にある対極図のような印象の方が、わたし自身は強いです。たぶん・・・福ちゃんに肉体が無い。
だから、余計に・・・そう感じてしまうのかどうかは、。。。o(゜^ ゜)ウーンワカラナイのですけれど・・・
対等って感じなんです。優劣とかって無いって印象なんです。でも・・・互いの足りない部分だとか。
得て不得手の部分だとかってのを、自然と互いに補い合える・・・そんな感じなんですよね。なんだろ、
福ちゃんとの関係ってムリすることって無い。自分の弱さも、お互いに、ありのまま出せるんです。
わたし思うんですよね。男性だって女性だって、人間ですからね。喜怒哀楽の感情ってあって当然。
男だから・・・ああだとか。女だから・・・こうでなきゃ・・・とかって考えとかって、何か逆に不自然かと。
そんな気がしてならないんです。主人は、そうじゃないみたいですが・・・(^^;;
福ちゃんも生前は、そうじゃなかったって言ってました。でも・・・わたしと出逢ってからは素直に、
自分の気持ちを出せるようになったって言ってましたし。わたしも、まぁ・・・似たようなもんです。(^^)
『ツインソウル』(双子の魂)との出逢いって、わたしもバランスや循環ってのが大きい気がします。
補うためにいるからこそ・・・凸凹ではなくて、対等で優劣が無く助け合い認め合い足らない部分は、
一緒に協力しあって補っていける関係が、わたしは『ツインソウル』(双子の魂)のような気がします。
クロちゃん通信7
そのためにも、先ずは自分がムリしないでラクになっていくことが大切。
人間関係を上手にしていく秘訣として、自分にムリをしないってことなんですよね。
独り独りがムリをして、ムリをしていないと付き合っていけない関係ほどシンドイものです。
それがグループだったりすると、誰かひとりの考えや意見だけが強くなってしまったりとか。
誰かを無視したりするようなことが、起きてきてしまったりだとかってことが心を苦しめる・・・
そんな関係へと、だんだんなってしまうんだと思います。
それが続いていくと・・・だんだんと
「いじめモード」に、突入していってしまう。「いじめモード」は、みんなが苦しいことを
ガマンしたりしてしまうから・・・その溜め込んだ、ガマンの
エネルギーが、グループの中で知らないうちに影響しあってしまう。
なぜなら・・・こうしたことも波長(はちょう)が影響しているからです。
「いじめ」って↑のイラストのように、溜め込んだエネルギーが爆発してしまうので・・・
向けられた人にとっても、ダメージが強くなってしまうんだろうと思います。
大切なのは、イヤなことも認め合うということだと思います。お互いにムリをしないこと。
独り独り違っていて当然なんだと、自分の違いも相手の違いも互いに認め合うってことだと思います。
人間関係の中で・・・相手との関係が苦しくなってきたとき・・・
先ず自分自身の「心」(こころ)に、問いかけてみることが大切だと思います。たとえば・・・
仲のいいグループの中で、いつもミンナが同じ意見や考えだとは限らないことが起きることがあります。
だけど・・・その中に、誰かひとり意見や考えの強い人がいたりすると、自分の考えや意見は違ってても。
他のミンナが、その人の意見や考えに流れていってしまうと・・・「イヤ」と言ったり。「たとえば」と自分の
意見を主張することが・・・出来なくなってしまうってありますよね。でも・・・
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