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2008.05.08 この先の人生を変えるための課題
2008.04.11 今日の「あなたへのメッセージ」
2008.02.11 その2「個」は主張せず認め合う
2008.02.11 その1「対極」のなかにこそカギがある
2008.02.10 ひとつの目安として・・・参考に
2008.02.09 対極図による陰陽から探る
親子として課題なのかも知れません
ここ数日、モバオクてせバタバタしていて・・・秋葉原の事件のことも、断片的に見聞きしていました。
この犯人は家族(親子)関係が上手くいってなかったと書いてありましたが・・・
今日の、江原さんの「あなたへのメッセージ」にも共通するモノがあるような気がしています。
この問題は、この犯人だけが抱える問題ではないと言うことです。つまり・・・この人の親たちにとっても、
今回のことは、自分たちの「魂」(たましい)の「課題」として・・・与えられたというか、自らが決めていたと・・・
この犯人の親の年齢と、この犯人の年齢は・・・今年48歳のわたしと今年24歳になる娘と、似ています。
そうした点から視ても、今回のことは決して他人事ではないと思うのです。
親子関係が希薄だったということは、想像するに・・・親は、この犯人に対して・・・無関心というか。
まるで邪魔者扱いでもするかのような言動があったのでは・・・そんな感じが、わたしには感じられます。
確かに、この息子は・・・殺人という罪を課してしまったわけですが・・・でも、この犯人の親は、どうでしょう。
殺人こそ犯してはいないものの・・・我が子の「心」(こころ)を、見えない刃で傷付けてしまっていたのでは・・・
言葉の暴力があったかどうかは分かりませんが・・・同様に罪深いのは、無関心や無視することだと思います。
たった、独りでも・・・自分の言葉に耳を傾けてくれ。自分のことを気にかけてくれる存在が居てくれると、
思える人と。誰からも必要とされていないかのように・・・感じずにいられなくなってしまう状況下に居るのとは、
その人の・・・進んでいく方向も変わってしまうだろうし。それが周りにも、大きく影響していくような気がします。
たとえ片親が、子供に対して・・・なんか冷たいような、そんな言動だったとしても・・・他の誰かが、その分まで
向き合ってシッカリ受け止めてやれれば・・・わたしは絶対に子供は、自分で自立していけるものだと信じます。
我が家でも、そんな感じの時期があった気がします。だけど・・・わたしは、何があっても向き合うことだけは
やっぱり・・・親として最低限すべきことだと、思っているんです。
無視すること無関心になること・・・コレって、けっこう簡単です。
だけど、無視された側。無関心だと感じたとき・・・人は、とてつもなく大きく傷付くものです。
「面倒なことに巻き込まれたくない」と・・・向き合わずにいれば・・・それだけ、
自分自身も・・・「魂」(たましい)の成長も人間的にも成長ってストップしてしまう時期があるように感じます。
人は弱い・・・どんなに傷付いても、自分自身が這い上がっていく意志を持っていられなければ・・・
そうそう簡単には、乗り越えられない壁もあると思います。だけど・・・乗り越えられるからこそ、
わたしは・・・与えられ起きてくるものなんだとも・・・思っているんですよね。
この親子にとって、本当の親子になるのは・・・これからなのかも知れません。
25年かかって、いまの成長があるんだとすれば・・・25年以上の年月をかけて・・・本当の親子になっていく。
でも・・・目の前の現実をシッカリと受け止め、親も子も向き合っていければ・・・わたしは、現世で親子に
なって、めぐり逢えた意味って必ずある気がするので、頑張ってほしいものです。そして・・・
亡くなられた方の分まで、一生懸命に前向きに何があっても・・・どんなに誹謗中傷されたとしても、
それをシッカリと受け止めて、逃げずに乗り越えていってほしいと感じました。
亡くなられた方々にとっても、今回の出来事は・・・必ず意味のあるモノだと、わたしは信じています。
少なくとも・・・今回、わたしにとって・・・考えさせてもらう機会を与えてくれたのは事実です。
彼らの死をムダにしないためにも、わたし自身・・・こうした出来事も、他人事として済ませてしまわないよう
コレからも、いろいろな出来事とも向き合いながら・・・学ばせてもらいたいと改めて感じました。
この先の人生を変えるための課題
早くもノボセの症状が現れだしてきたε-(´o`;A アツィ〜、まだ夏前だというのに・・・「命の母A」飲まなきゃ。
連休前までは、靴下履いてたのに・・・いまは、履いてられない!暑いわぁ〜風がないから余計に暑い。
とにかく、わたしにとって・・・これから、また秋を迎えるまでの数ヶ月は体調不良との格闘になりそうです。
ボックス扇風機で、空気を掻き回しながら・・・。。。o(゜^ ゜)ウーン、心地好い風だぁ〜
わたしにとって、今生での課題は・・・やっぱり、物質界というこの現世の中に多々あるなって気付く・・・
身の回りの不要となっているモノを片付けながら出品していると、ソレを痛感させられることが多い。
いまの自分にとって・・・「どうして、こんなもの買ってたんだろう?」という疑問は、正に気付きのため。
そのまま放置していれば、「ムダ」でしかないことだけれど・・・こうして、身の回りを整理していくことで
「ムダ」だったものが活かされ、気付きをもたらしてくれている。本当に、ありがたいことだと思う。
やっぱり、この作業は・・・わたしの人生の課題なんだ。「どうして、こんなもの買ってたんだろう?」
その・・・一見、「ムダ」としか思えないことが・・・わたしにとっては、キーワードだったんだ!
わたしが、自分のそうした過去を振り返りつつ整理しながら出品し、落札してもらえることまでの
その一環の作業の中で感じる、様々な思い・気持ち・感情・・・ソレを、福ちゃんはソッと助言してくれる。
「まっええやんけ。そうやって、気付けたんやさかい。ムダには、なっとらんのやから。ええこっちゃ。」
(。・・。)(。..。)(。・・。)(。..。)ウンウン、そうなんだよ。わたしは、この先の人生を・・・
この課題にチャレンジしていくって決めたんだもん。必要なんだよね。わたしには・・・コレが・・・
本当に手放すこと。執着を持たないこと・・・そうしたことは、ただソレを実行すればいいってことでない。
ちゃんと、その意味に気付かなきゃ・・・本当には理解していけない。繰り返さないためにも、必要なこと。
ソレを経験し、実感し、肌身で感じ取り気付き・・・そして考えることができなきゃ。学びにはならない。
自分自身で考えていけなければ、本当に気付いたともいえないし。本当の学びに結び付かないものね。
福ちゃんと一緒に、いろんなこと学んできたけれど・・・今度は、ソレを実践しカタチに表しながら感じ取り。
そして・・・自分の「魂」(たましい)へと、その学びを刻み込んでいかなきゃね。
大変なことだけれど、でも・・・あえて、その苦労は背負い込んでいきたい。だって・・・大変でも、
わたしにとっては工夫次第で、楽しく思えることだから。ソレは、楽しみを得るための苦労にすぎない。
体調不良なときは、気分も落ち込みやすいけれど。でも、今年は・・・この課題にチャレンジしてるので
去年よりは、楽しく過ごせそうな気もするしね。
自分の、この先の人生を変えていくためにも・・・いまは、コレが・・・わたしには必要なだけ。
だから、ソレを・・・黙々と着実にこなしながら・・・日々、一歩ずつ前進していけたら、ソレがいちばん。
よーし、く('(ェ)')ノガンバルぞぉ〜〜!!そんな、わたしに福ちゃんがく( ̄Д ̄)ノガンバレーーー♪(笑)
今日の「あなたへのメッセージ」
今日、投稿した江原さんの「あなたへのメッセージ」に、おねしょのことが書かれてますが・・・
実は、わたしは小学校の高学年頃まで・・・おねしょしてたんですよね・・・(o>(ェ)<;a アセアセ。
今だから、こんなことも言えるけれど・・・(苦笑) よく母に、怒られたのを覚えてます。
でも、子供ながらに自分でも気にしてたんだと思います。少女マンガの雑誌とかに、出てたのかなぁ〜
確か熊本県の阿蘇だった記憶がありますが、「太陽」なんとか・・・ってような名前の漢方だったか・・・
夜尿症に効くとかで、無料サンプルを差し上げますとかって書いてあって・・・
自分でハガキか手紙を書いて送り、サンプルを貰った記憶があります。本当に、ソレが効いたかは
定かじゃないですけど・・・それからしなくなった気がするんですよね。子供ながらに、すごく嬉しくて。
この、、、おねしょも、遺伝するんですかねぇ〜息子も、似たような年齢までやってました。
江原さんの言葉によると・・・
おねしょは、のびのびとしたところでおしっこをしたい、という無意識の願望から起こります。
母親は、子どもにあれこれ指図をするのを止め、のびのびさせてみましょう。
子どもも焦りがなくなるでしょう。
・・・と、言うことのようですが・・・
当時を振り返って・・・どうなんだろう?のびのびとしたところで、おしっこをしたい・・・・・・( ̄  ̄;) うーん、
無意識にねぇ〜 母親が子供に、アレコレ・・・指図かぁ〜 どうだろなぁ〜・・・
母にも、そんなにやたらめったら指図されたって記憶はないし。自分も息子に、アレコレ・・・は
無かったとは思いますが・・・でも、無意識のうちにしてたのかも知れないですね。特に・・・
おねしょに関しては、ヤッパリ濡らしてしまったりすると・・・何かは言われたし。言ってた。
今から考えると・・・何だか、そんな気がします。
わたしの場合も、息子の場合も「修学旅行」がキーワードだったのかも知れないです。(笑)
子供ながらに・・・恥ずかしいという気持ちが、そうさせてくれるんでしょうかねぇ〜そのときに、
失敗しなかった!ということが、潜在意識を書き換えてくれるのでしょうか・・・
よくは、解かりませんが・・・わたしも息子も、「修学旅行」を境に・・・なくなりました。本当に・・・
不思議なほどピタッ!と、見事なまでに・・・(爆) それから、未だに1度の失敗もなく・・・
・・・( ̄  ̄;) うーんヤッパリ、潜在意識の書き換えが大きく作用するんでしょかねぇ〜
まっ、とにかく・・・わたしみたいのも、いますからね。幼稚園前後の子供のうちの「おねしょ」は、
気にしないほうが、いいのかなって経験者としては・・・思います。ドッチの立場も経験してみても・・・
時期がくりゃ、なくなっていくのかもなぁ〜って気がするし。当人の自覚よって、なくなるものだと・・・
長い人生・・・おねしょしてる時期も。おねしょしていた時期も。 おねしょされてた時期も。
過ぎてしまえば・・・それも、自分のヒトツの思い出なんですね。(*^^*) なんてことないぞぉ〜
その2「個」は主張せず認め合う
もしも、わたしたちが・・・「個」つまり「自分」という自我の想いを優先してしまっていたとしたら・・・
いまの、わたしたちの関係は維持されることなどなかったような気がします。
人の運命は、変えられると思います。けれど、宿命は変えられないものです。
運命を変えるということは、宿命を受け入れなくては・・・変えられないのかも知れません。
先日も書きましたが・・・自分たちの中で愛が芽生えたときに、何処からか聴こえてきた・・・
その声に、「生きている人間と、死んでしまった霊魂であっても・・・変わらないということを、
あなたたちは自分たちで実証していけばいいのです。」と・・・言われたような気がしました。
おそらく、わたしにとって自分自身が憑依・霊媒体質になってしまったことは・・・宿命なのでしょう。
そして、福ちゃんが殺されてしまったということも宿命だったのだと思っています。
けれど、福ちゃんと出逢って・・・しばらくの間、わたしは自分自身の憑依・霊媒体質というものを、
完全には受け入れられなかった気がしています。だから、福ちゃんのことで・・・霊能者さんたちの
元へと遠方であっても、訪れたのは・・・心の片隅で拒否している部分があったからです。
そうしたところへ行くことで、元の自分に戻れるのではないかと・・・
わたしは福ちゃんと一緒に聴いたはずの言葉を、受け入れることを拒んでいたところがあったからです。
つまり自分の宿命を、ちゃんと理解し受け入れてはいなかったんですよね。だから元に戻れるものだと。
「魂」(たましい)では気付いていたはずなのに、わたし自身の中で葛藤があったんです。
でも霊能者さんたちからの言葉は、わたしの期待に反するものばかりでした。つまり・・・このままでいる。
それは、余りにも・・・わたしと福ちゃんの相性が好く視得たようで・・・完全に一体化して視得たそうです。
だから・・・福ちゃんを出すということは、自分の死にも繋がる可能性があるということでした。
別の霊能者さんからも同じことを言われてしまった以上、わたしは受け入れ認めるしかなかった。
1つの器の中に相反するものがある以上、互いを認め合い受け入れることしか共生はムリです。
でも・・・わたしは、福ちゃんとの関係を持てたことによって・・・その術を学べた気がしています。
「個」を主張してばかりいてしまっては、たとえ『ツインソウル』(双子の魂)といえども、「魂」(たましい)の
交わりは空回りしてしまうばかりです。けれど「個」を互いに認め合い必要としていければ・・・
そこから生まれてくるもは、無限大に広がっていくのかも知れません。
それこそが、陽は男性、今あるものを応用発展させる能力に長けていると言われていること。
そして陰は女性、感性豊かに新たなるものを作り出す性と言われている由縁だと思います。
つまり、それは「偶然」という不可能を、「必然」という可能へと、 変化させ進化させるような
宇宙からのエネルギーによって、新たなモノを生み出していく・・・ 陰陽の考えです。
「魂」(たましい)という観点で視れば、わたしと福ちゃんとの間にある大きな違いって、
生きているか。死んでしまったのか。つまり肉体という物質的な部分ぐらいだと・・・わたしは、
年月の経過と共に、そぉ思えるようになれました。このとき、はじめて聴こえてきた言葉・・・
その意味が本当に解かったような気がしました。
「生きている人間と、死んでしまった霊魂であっても・・・変わらないということを、
あなたたちは自分たちで実証していけばいいのです。」この言葉は、わたしたちにとって
互いを尊重し、認め合いながら「霊的真理」を学んでいく気持ちを、支え続けてくれています。
きっと、「個」を強調したり主張ばかりしてしまっていては、運命は変えられないのかも知れません。
けれど・・・「個」を尊重し合い、認め合い、互いに受け入れ合えることができたとすれば・・・
どんな宿命を背負って生まれてきていたとしても、運命は変えていけるものなんだと・・・
そして、そうしたことは、『ツインソウル』(双子の魂)に限ったことでは・・・ありません。
わたし自身は、まだまだ生きている人同士の『ツインソウル』(双子の魂)さんたちと比較したり・・・
そんな部分が自分の中に残っているのかも知れません。でも、そんな時、福ちゃんに言われます。
「生きている者同士の『ツインソウル』(双子の魂)と、僕らの場合とは状況が違うよってな。
逆に違う部分があって当然やろ。だからこそ、僕らなりのものを出していくことが大事で。
そのために、いまの僕らとして出逢ったってことなんとちゃうか。ええやんけ、ウソでも
騙してるわけでもないんや。コレが、僕らにとっての真実なんやよって・・・」と・・・
そうなんです・・・わたしたちは、「個」を互いに認め合い受け入れ取り入れること。
それでしか・・・上手くやっていける術が残されていなかったのかも知れません。だけど・・・
それに気付けたことによって、「生と死」という究極な相反する者同士であっても、やっていけています。
わたしは、お互いに「個」という自分を強調し主張しすぎてしまうと、『ツインソウル』(双子の魂)といえども
うまくいかない。それに気付くことができたからです。そしてそれは、お互いに相手の「個」を尊重し合い、
上手に取り入れていくこと。そして、その相手の宿命も互いに認め合い受け入れることができれば・・・
『ツインソウル』(双子の魂)ほどベストな、そんな組み合わせは逆に存在し得ない気がしています。
きっと、わたしたちの中で・・・どんどんと、相反するモノが無くなってきたのは・・・
自分たちの宿命も認め合い、いまある中で自分たちが作り上げていこうって思えたことによって。
ふたりの間にある仕切りみたいモノの境界線が、無くなってきてるのかなって気がしています。
たとえ福ちゃんの考えであっても、想いであっても、わたしにとっても必要だって思えるからです。
わたしにとって誰よりもベストな関係でいられる相手・・・それが福ちゃんという存在なんですよね。
どんな現実であったとしても、わたしにとって福ちゃん以上の『ツインソウル』(双子の魂)の相手は
存在しないということ・・・それは、福ちゃんにとってもです。だからこそ一緒に居られるんです。(*^^*)
その1「対極」のなかにこそカギがある
先日からココでは『ツインソウル』(双子の魂)の関係をメインに、また「対極図」から学ぶ陰陽に関して、
福ちゃんと共に投稿し改めて気付かせてもらったいるのは、「対極」しあう二極です。
別ブログの方で福ちゃんが、いまでは衰退してしまった宗教「マニ教」に関して投稿してくれていましたが、
この宗教の考え方は「二元論」です。つまり対極しあうモノですね。
世の中には、この対極しあう「言葉」が多く存在しています。
陰と陽 光と闇 善と悪 大と小 多と少 男と女 生と死 富と貧 、、、、、その数は、計り知れません。
わたしと福ちゃんの場合・・・『ツインソウル』(双子の魂)と一口に言っても、その実態は「生と死」という
対極しあう関係の中に存在しています。つまり、生きている人同士の『ツインソウル』(双子の魂)と・・・
この点が大きく違っている部分でもあります。
普通であれば、稀とされる『ツインソウル』(双子の魂)の出逢いをしたとしても。おそらくは双方共に、
いまを生きている人間同士でしょう。したがって、夫婦や恋人という関係でなければ当然、それに対し
苦しみや迷いや悩みという、心と魂の相反するような感情に苦しめられるのだと思います。
わたしたちの場合、姿カタチとして認識できないとか。物質的な部分で不可能なことは確かに多々あり。
そうしたことへの苦しみ、迷い、悩み・・・は、生きている人同士より大きかったかも知れません。でも・・・
存在しないモノを求めれば、求めていくほど苦しくなると・・・気付くこともできた気がしています。
逆に、わたしたちの場合は・・・生と死」という対極しあう二極の関係の中で、気付かせられることもあり。
その二極というモノの捉え方こそ、実は・・・人間を苦しめているような気がしてきました。どういうことか、
それは・・・福ちゃんにしても、わたしにしても自分の死というもの。相手の死というもの。そして・・・
双方の立場が、いま・・・対極しているという実態です。
わたしたちにとって、唯一・・・一緒に居られる方法って・・・互いの現実を、認め合い自分も納得して・・・
それ自体を受け入れるしか、残されてなかったのかも知れません。
わたしたちの場合「わたし」という物質的な器(肉体)を共有しあうことでしか、一緒に居られなかったから・・・
でも逆に考えれば、それさえ互いが納得し、認め合い、受け入れ。そのために、自分自身も努力していく。
つまり、わたしと福ちゃんにとっては・・・相反するものがあっても、ソレを互いに認め合い受け入れること。
それこそが、互いが・・・いちばん心地好く居られる術だったわけです。
反発しあう何かがあっても、それにいちいち反応してしまっていれば・・・わたし自身、心身の疲労は増し。
とてもじゃないけれど、いくら『ツインソウル』(双子の魂)だったとしても四六時中は一緒に居られません。
なんせプライベート的な部分の「個」さえ、無いに等しいぐらい・・・福ちゃんには、筒抜けだからです。
つまり、わたしにとって「個」という自分の確立にコダワルことは逆に、福ちゃんとの関係を困難にする。
それに気付かされてから、わたしたちは・・・たとえ反する何かが生じてきたとしても。ソレを自らのこと。
そぉ捉え、考え、想い、受け入れていく道を選択する以外に、いられなかったのかも知れませんが・・・
『ツインソウル』(双子の魂)が出逢う目的のヒトツは、陰陽のバランスを互いに与え合うってことですよね。
ソウルメイトが凸と凸や凹と凹の関係であるならば・・・『ツインソウル』(双子の魂)は、凸と凹です。
でも、わたしたちは・・・凸と凹のままでいてしまっては、『ツインソウル』(双子の魂)が本当に出逢う意味。
それが活かされなくなってしまうと思っています。凸と凹は□へと進化し。最終的には○にならなくては、
違った役割を持つ対極のもの同士が互いに助け合い、新たなるものを生み出すというものが無くなります。
そうなってしまうと、『ツインソウル』(双子の魂)の必要性も無意味なものになってしまうでしょうから・・・
対極しあう二極の中にあるカギとは・・・
左の対極図は、(;一一) ジィーと見ないようにしてください。
人によっては、気分を悪くしたりする場合もありますので。
(ホントは回転している対極図ですが・・・場合によっては静止してるかも)
また陰陽を記す「対極図」は、回転していくことにも意味があります。
陽は男性、今あるものを応用発展させる能力に長けていると言われていますし。
陰は女性、感性豊かに新たなるものを作り出す性と言われているからなんです。
つまり、ふたつの魂が持つ陰陽が、回転し混ざり合うことによって変化が生まれ・・・
それは進化へと、やがては繋がっていくんだと思います。
それは「偶然」という不可能を、「必然」という可能へと、
変化させ進化させるような宇宙からのエネルギーによって、新たなモノを生み出していく・・・
それが『ツインソウル』(双子の魂)が、「劇的」や「ドラマティック」といわれる由縁かも知れません。
少し長くなりそうなので、この続きは、また後ほど・・・投稿したいと思います。by.Yuka
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