無に成りて空を成す[内観]の記事一覧
2008.06.13 紫音(Zion)さん、ありがとう(*^^*)
2008.05.08 心地好い「大我の愛」(たいがのあい)
2008.04.18 活かすも殺すも自分なんだもんね
2008.02.17 内観は化学実験並みの楽しさ
思い切ることと思い切った行動
そのためには 時に思い切ることや思い切った行動も 必要となることもあります
このメッセージにある、思い切ること・思い切った行動・・・この2点。
まず・・・思い切ることは、モバオクの出品を「毎日」することにコダワル考えは捨てようと決めた。
その理由は、更年期障害が・・・この夏の時期は特に悪化するため、肉体的にも負担が増えること。
それと、休むということも必要だと思ったから・・・メリハリを着けていくことは、大切な気がする。
なので・・・思い切って、出品に関しての自己紹介文を変えた。今日から実行していくために・・・
やっぱり、悪化させないためにも、気付いた時点で変えていくことって必要な気がする。
どんなことでも、ソレはいえるような気もするけれど・・・とにかく、実行に移していかなくては・・・
福ちゃんからも言われた。「カラタ゛壊したら、何にもならんのやで・・・」(*δ。δ)(*_ _)ウン♪
さてと・・・毛染めをしたので、頭を洗ってこようっと・・・イッテキマース"8-( *゜ー゜)カタカタカタ--..
紫音(Zion)さん、ありがとう(*^^*)
1ヶ月ぶりに紫音(Zion)さんから
メッセージ
を頂いた。(^人^)感謝♪
わたしがハイヤーセルフである紫音(Zion)さんから、メッセージを頂くときは・・・2パターンある。
今回のように、前もって携帯メールやノートなどにメッセージを送ってくれる場合と。
直接、このブログに自動書記のような感じでメッセージを送ってくれるとき。
前者の場合は自動書記というより・・・感覚的にメッセージを受け取ってるって感じなのかなって気がします。
後者の場合は、福ちゃんの場合と同等ですかね。時々・・・本当に数年に1回という感じで受けるものは・・・
福ちゃんでも紫音(Zion)さんでもないことだけは確かなものの・・・未だに、その送り主は解かっていません。
名乗らないですし。コッチも聞かないので、その方の場合は自動書記ではなく・・・送られてきてる感じかな。
なんだろ・・・
の方から・・・送られてきてる感覚です。でも・・・誰なのかは、未だもって不明なのですが・・・
わたしと福ちゃんが出逢い、愛し合い・・・共に「一緒に居たい!」と強く思ったときに聴こえてきた声の主と・・・
なんとなく、どことなく・・・似ているような気はします。
でも、わたしにとって・・・何処の誰だとかということは・・・大して問題でもなくて。
ただ・・・時折、紫音(Zion)さんにしても・・・送ってくれるメッセージを有り難く思っています。
わたしが福ちゃんと一緒に、宇宙空間のようなところで紫音(Zion)さんに出逢ったとき・・・
なんだか、とめどもなく涙が溢れて・・・温かな何かに包まれている感覚の中で幸せな気持ちに包まれたこと。
あの感覚は・・・『ツインソウル』(双子の魂)の福ちゃんと結ばれたときと、とても似ていた気がします。
「霊魂」となってしまい何も目には見えなかったのに、どうしてだか・・・その温もりは感じられた。
愛されている実感が、自然に素直に自分でも感じられて・・・涙が止まらなかったのを覚えてます。
それは、明らかに肉体と肉体が交じり合うことでのエクスタシーなどではなく。
「魂」(たましい)と「魂」(たましい)の融合によってしか、起きないだろうと思える不思議なものでした。
逆に、それがあったからこそ・・・わたしは福ちゃんに肉体がないことも、生きていないことさえも・・・
それほど嘆き悲しみ、固執することも・・・その必要性もなかったのかも知れないです。
紫音(Zion)さんがくださったメッセージのように・・・
わたしは、見たり触ったりすることができない不確かな存在の福ちゃんを自分で確信し実感し。
出逢ったときから、不安になることはあっても・・・疑うことなく。躊躇うことなく信じてきました。
でも、それは福ちゃんに言われたからでもなく。わたし自身の「魂」(たましい)と、わたしも・・・
そうしたかったのと。それが、いちばん心地好かったからのような気がしています。
わたしにとって、福ちゃんが・・・どんな姿をしてるだとか。生前どんな人だったかなんて・・・
特に大したことでもなく。それが判明したからといって、何も変わらないので・・・正直、興味はない。
けど・・・わたしにとって、「魂」(たましい)の学びを共にしていきたいのは・・・福ちゃんだけだし。
福ちゃんだからこそ、何も考えず・・・ただ信じた道を進んでいけてるのかなって気がします。
そりゃ・・・わたしだって、生きてるもん・・・ギユッと抱き締めてほしくなるときもあるし・・・涙することもある。
だけど、自分の「心」(こころ)の内側に眼を向ければ・・・わたしの中には、見えなくても実感できる存在。
福ちゃんと、見守ってくださってる存在の紫音(Zion)さんを感じ取れるので・・・
お互いに憑依・霊媒体質の気持ちも「霊魂」の立場も・・・こうやって、理解し合えるのも・・・
わたしたちが、いまのようなカタチで・・・『ツインソウル』(双子の魂)として出逢えたからこそなんです。
心地好い「大我の愛」(たいがのあい)
「大我の愛」(たいがのあい)に気付き、「大我の愛」(たいがのあい)で人を愛していくことを覚えたとき・・・
「小我の愛」(しょうがのあい)で愛するよりも、ずっと自分自身も心地好いと気付けます。そして・・・
「小我の愛」(しょうがのあい)の愛で愛されているときよりも、ずっと愛されていることを・・・
自分自身でも気付き実感できるものだと、わたしは最近・・・感じています。
見返りを求めない、与えるだけの愛の心地好さ。それは・・・「大我の愛」(たいがのあい)だからこそ・・・
味わえる醍醐味なのかも知れません。でも、ソレは決して自己満足や、ごり押しなどでなく・・・
ただ、その人のことを思い・・・その人のために、そうしたいから・・・
愛は与えるものなのかなって・・・何だか、そんな気がしています。
求めることもなく、奪うこともなく、押し付けることもなく、安売りすることもなく・・・
凛とした「自分」を確立した果てに生まれてくるもの・・・
けど、ソレは決して傲慢だとか、見栄だとか、プライドといったようなモノじゃなく・・・
「生き方」「考え方」・・・その中に「自分」というモノを、シッカリと持っている。
耐え忍び、譲り、妥協はしたとしても・・・でも根底にある、その「基本」は
決して揺るぐことが無い・・・
あくまでも「基本」があってこそ・・・ということを、忘れない。そん確固たるモノが確立されるような感じ。
受け容れないのてはなく、受け容れてみて・・・そこから、自分なりに切磋琢磨して考えていく・・・
拒否はしない。常に「心」(こころ)は、自由に臨機応変でいられるようになる。
どうして・・・ソレは、お試し期間だと自分なりに解釈できたりする。でも、ソコには・・・ちゃんとヒントがある。
隠された、バズルのピースを見つけるコツを掴んだような・・・そんな手ごたえにも似た感触かも知れない。
「与える」・・・見返りは、期待しない。期待する必要も無くなってきたからにすぎない。なぜなら・・・
「愛」というモノは、与えるものなんだと本当に実感できたから・・・「愛」それは・・・小さくない。
男女の愛だとか、親子だとか・・・なんだかんだ・・・「大我の愛」(たいがのあい)って、
そんなことじゃ語り尽くせないし。言い表せないものなんだよね。
そうだ・・・まるで、もう1人の自分を愛しているって感じなんだ・・・ソレが「大我の愛」(たいがのあい)
そっか・・・それは、わたしの福ちゃんへの気持ちや思い。そして・・・福ちゃんの、わたしへの気持ちや
思いと同じなんだ!見返りなんてどうでもいい、自己犠牲さえ厭わない・・・この気持ちと思い。
ソレは・・・『ツインソウル』(双子の魂)の福ちゃんへのものと、同じなんだね。
福ちゃんが昨日、書いてくれてたように・・・自分が苦しくても辛くても哀しくても・・・相手のために、
受け容れていく・・・そして、自分より相手の幸せを願う言動。そうだよ・・・わたしは、福ちゃんとは
自分が死んで本当の意味で一緒になれるんだものね。
ソレを思えば、それ以上の幸せって他にない。ソレを失いたくないから、現世では・・・いろいろあるんだ。
だから、いまは・・・他の人に与えていけば・・・いいってことなんた・・・ね。
活かすも殺すも自分なんだもんね
“〆(゜_゜*)フムフムなるほどなぁ〜っと思うことがある。
紫音(Zion)さんに言われた言葉・・・ムダというものの本当の意味。それは買いすぎるとかでなく。
活かしきれずに終わってしまうこと・・・なのだと。( ̄∧ ̄)(_ _)フムフム・・・確かに、そうです。
オークションは、その・・・わたしのムダを消すための作業なんですよね。
使わずに仕舞い込むぐらいなら、使いたい人や欲しい人に・・・あげる方が有効なるんですもんね。
自分では、贅沢なモノ買ってる訳でなく。あくまでも趣味として使うモノだ・・・と思ってたとこあって。
でも・・・確かに紫音(Zion)さんに言われたように活かしきれてないモノが、わたしの場合・・・多い。
オーラの泉で、江原さんがゲストさんに「型にはめるタイプ」とかって言ってるけれど・・・
わたしも「類魂」(グループ・ソウル)かも知れないなぁ〜(ーー;).。oO(想像中)福ちゃんも・・・
それも、わたしたちの場合は「自己流」という・・・厄介な「型」なのかも知れない・・・
一見、型破りに見えてるけれど・・・実は「型破り」という「自己流」にすぎなかったり・・・( ̄_ ̄ i)
何だか、そんな気がしてきたんだけど・・・
内観は化学実験並みの楽しさ
わたしは年に1.2回ほど・・・純粋に魂の奥底から泪を流すようにしている。何もかも脱ぎ捨てて・・・
素の自分に戻ったかのように・・・とにかく、滝のように泪を流すために・・・
わたしは妄想ができないので、自分の「意識」を・・・ソコに傾けるという感じで疑似体験する・・・
そんな感じなのかなぁ〜と自分では思っているんだけれど。そのために、行う「内観」の題材は・・・
いつも同じで「家族」への想いだ。
ベッドの中で・・・意識を集中させ、自分が死を目前にしているのだと、そぉ「意識」を傾けていく・・・
そのときに、側に居て欲しいのは誰なんだろう?そして、その相手に対する自分の想いって?
自分の意識の一部が、そんな場面の中にいるような感覚の中で・・・
わたしは、そんな自分を別の角度から客観視している。
わたしの「内観」は、そんな感じが多い。まるで「内観」している自分を別の角度から客観視している自分。
でも、そうすることによって・・・いろんなことに気付かせてもらってる気がする。
わたしにとって「内観」は、日常生活の一部でもあり。料理をしながら・・・自分の内側を視ていることもある。
掃除をしているときに、過去の自分と向き合っていて・・・(;゜ロ゜)ハッ!と気付かされることも多々ある。
福ちゃんや紫音(Zion)さんは、解かっていても・・・簡単には教えてくれることはない。(笑)
でも、そのオカゲで・・・わたしは、自分の悩みや迷いから抜け出すための術を・・・たくさん増やせている。
そして「内観」することが、自分の中で当たり前のような位置付けになっていることによって・・・
何処に居ても。どんなときでも、「内観」し自分を振り返り気付き反省するチャンスを得られてる。
早い話しが・・・「内観」は、わたしにとって特別なことでなく。日課に近いくらいに親しみのあるもので。
自分を知るための、いちばんの仲間なのかも知れないなぁ〜って気がする。とにかく好きなのだ。
「内観」することで気付けることが楽しくてしょうがない・・・そんな感じかなぁ〜
そうそう、その自分が死ぬときの自分を客観視してみていて気付くのは、やっぱり・・・わたしにとって
「家族」の位置付けが、いかに大切だってこと。特に主人に対しては、なんだかんだとありつつも・・・
わたしの中では、いまも大切な存在であることには何ら変わりが無いのだと再確認できるのかな。
心の中に溜まってしまった垢を洗い流す行為として、何だか・・・年に1.2度そんな感じで泣くのかも。
止め処も無く溢れ出す泪の後には、爽快な気分で・・・爆睡に近いほど、熟睡できる。(笑)
福ちゃんとも話していたんだけれど、「内観」というか。自分と向き合い、自分を知ることって・・・
まるで物理化学の世界のようで、ホントに楽しい。過去の自分が抱えていた苦しみや哀しみや。
辛さなんかも・・・今の自分が出くわした出来事と真剣に向き合ってると・・・化学反応を起こしたように、
過去に自分が抱えてきていたモノが、スーーーーーッと解消されていく瞬間がある。気付きの瞬間だ!
とにかく、ナニが・・・その瞬間を生み出してくれるのかなんて、解からないので・・・
そのためにも、ココでいろんなことと向き合い書き留めていくという作業は、わたしの中で重要なのだ。
いつ何時、化学反応を起こし・・・自分の中にあった悩みや迷いや苦しみや哀しみの種が解決するか、
ワカラナイのだから・・・無駄なモノは、何一つないと感じるくらい日々の出来事は、宝の山のようなもの。
そうした意味からも、わたしにとって・・・自分ほど・・・分析し甲斐のある題材は無いのかも知れない。
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