いろんなコト1..φ(。。 )..φ(゚ー゚=)の記事一覧
2007.12.27 インターネット依存症
2007.12.25 どっちを優先するかだろうと思う
2007.12.21 共感できる何かが繋がったのかな
2007.12.20 それは後でも、いつでも学べるモノ
2007.12.17 ほどほどにしとく方が無難なモノ
2007.12.14 「命」を精一杯に生きること
懲役12年は軽すぎる!
こうゆう事件の記事を見ると・・・マジで、怒りがこみ上げてくる。12年は軽すぎるんと・・・ちゃうけ。
38歳で、娘3人って・・・20歳で最初の子やとしても・・・18前後ってことやろ。3番目の娘って・・・
いくつの子やねん!性的暴力を受けた痛手が、12年そこらで癒されるなんてことあるかよ。
オカンは、どないしてん。仕事もせんと、我が娘に手を出すとは・・・なんたる親父やねん!
あかん、、、オレは、どうも・・・この手の話しになると、生前の辛い過去を思い出してまう。
とにかくなぁ、親としても・男としても・人としても・・・これだけは言える!最低じゃ(*▼▼)ノ゙☆
書きたいこと、言いたいことは山ほどあるが・・・怒りが収まらんなっても・・・いかんよって、
とにかく身勝手な性欲の対象に女・子供に手を掛けるな!そんなにやりたきゃ、自分でせぇよ。
死んだ身ではあるが、同じ男として・・・ほんまに、こうゆう男だけは許せん!ヾ(`◇´)ノ彡☆
性的暴行を受けた女性が、その後・・・何年、何十年と苦しむことを考えてほしい。
その苦しみは、その女性を愛している男にとっても・・・同じことです。
僕は生前、愛していた女性と一緒に監禁され・・・目の前で彼女を、複数の男に強姦された。
その後・・・彼女は、、、、最後は、自らの命を絶った。そして、いま僕にとって最愛の相棒(ゆか)も、
僕と出逢う・・・ずっと前に同じように、身勝手な男によって傷付けられた独りです。
たった独りの男や、身勝手な男たちによって・・・いったい、どれだけの女性や子供たちが・・・
苦しい痛手を背負って生きていることか・・・彼女たちや、僕のような苦しみや想いは・・・もぅいい。
この父親のやったことは、たった12年で免れるかも知れない。でも、これたけはハッキリ言っとく。
死んでも・・・なかなか消えないモノもあるように。この世で犯した、その罪の重さも消えることは無い。
そして、その罪は・・・いずれ神によって本当の裁きを受けることになるだろう・・・それだけは言っとく!
いまを・・・生きている人たちに言いたいことは、自分のことだけでなく。人のことも大切にしてほしい。
お願いだから、一時的な欲のために・・・大切な人を奪い取るようなことも、自らの人生を奪い取る、
そんなことも・・・ただ、みんなを苦しめ不幸にするだけだから・・・あなたにとって、その欲や想いは
本当に、誰かのこと。そして自分自身を幸せにしてくれるものだろうか・・・いま1度、考えてください。
−福−
インターネット依存症
インターネット依存症
[PC]ヾ(-Д-*)う〜ん… パソコンやインターネットを利用している1人としては、こうした問題って決して
人事ではないなぁ〜って感じてはいますが・・・
わたしは、インターネットゲームとかには
まったく興味も関心も無く。メールも最近は、
ほとんどやらなくなっていますが・・・
確かに、利用しているモノによっては危険性って、
あるだろうなっていうことは、自分の経験からして思っています。
わたしが、自分自身の経験を振り返ってみて「依存」傾向にあったと思うのは・・・
チャットとオークションと、メル友とのメール交換・・・だったかなって思ってます。
メールは、多いとき20人ぐらいの人とメール交換してましたからねぇ〜( ̄_ ̄ i)
でも、いまは・・・家族以外には特定なメールを交わす相手もいませんが・・・
このブログにしても、ブログそのものが自分の中で優先されてしまっていたとしたら・・・依存症へと、
進んでしまう危険性って確かにあるだろうと思っています。でも、わたしの場合・・・ブログは、あくまで
気付きと学びのための媒体に過ぎず、メインは・・・ブログでは無いので、ココにしても自分たちの中で
必要性を感じなくなってきたら・・・たぶん、止めることになるのかも知れないって思ってます。
ブログ自体は、特に大事だと思ってなくて・・・気付きと学びあってこそのココは、書き止めの場所。
そんな位置付けですかね。まぁ・・・まだまだ、学びたいことってたくさんあるので当分は続けるかな。
ブログが好きとかっていうより、書くことが好きなんですが・・・筆圧が強すぎて、ものすごい肩こりで。
筆記用具を使って書くと、書きたいこと書く前に・・・腕が悲鳴をあげてしまって・・・(;^_^A アセアセ・・・
力を抜いて書けばいいのに、どうしてだか・・・それができないんですよねぇ〜困ったもんです。
確かに、チャットやゲームが好きな人って依存傾向に進みやすいっていうのは感じますね。
ココのサイドバーにある、リヴリィーとかってペットも小学生とか利用者が多いようで・・・
以前、福ちゃんがトモダチと一緒に飼ってたペットを通じて、話しかけられたとき相手の、
女の子が小学5年生とか言ってて・・・福ちゃんが、「何だか、オレはイケナイコトしとる」
そんな気がしてきたって言ってたことがあったものです。(爆)
別に変な会話してた訳でも無いのに、相手が大人だと思ってたものだから・・・年齢を聞いて・・・
( ̄ェ ̄;) エッ?と思ってしまったようで・・・罪悪感すら感じたと、言ってたぐらいでした。でも・・・
その子の話しだと、そこの利用者のほとんどが・・・それぐらいの年齢とからしくて・・・( ̄_ ̄ i)
![]() | 「インターネット依存症」 孤独な傾向、退屈しやすい、内向的な性格、などの人がインターネット依存になりやすい。それから仕事や勉強のために、パソコンを、使わざるを得ないという状況も危険性を高めるとか。 |
結局は自己コントロールの
問題なんですよね・・・
パソコンやインターネットに限らずですが・・・
アルコールや薬物。ギャンブルやセックス・・・
恋愛やペット・・・などなど。
「依存」する対象が何であれ・・・
要は、自分自身で自分自身をコントロールし。
抑制していくブレーキとなるモノを、自分自身で
シッカリとハッキリしたモノを持てないと・・・
どんなものに対してでも、人間は「依存」しやすい生き物なんだろうなって・・・そんな気がします。
人間関係なんかでも、そうだと思いますが・・・どこかに線引きしておかないと。気付いたときには、
そのことで振り回されてる場合が多いようにも感じます。
人間って、「自立」と「依存」の狭間で・・・生きているのかも知れません。
一見・・・「依存」している方が、幸せに感じるけれど、結局は雁字搦めになってしまってる感じで・・・
どんどん、苦しくなってシンドクなってしまうのかも知れないですね。自分の経験からしても感じます。
そして自分自身の中で「ココ」という線引きをしている方が、実は・・・幸せなのかも知れないです。
「自立」することで、行動の許容範囲は制限されるかも知れないけれど。「心」の許容範囲は逆に、
自由に広げていける・・・そんな気がします。
わたしは、欲しいものを手に入れることより。思うようにしたいということよりも。いまは・・・
自分に見合うモノの中から、楽しみを自分で作っていくことの方が数倍、楽しめる気がしてるので。
もぅ・・・以前のように、我を忘れるほど・・・のめり込むってコトは、たぶんしないかなって気はします。
来年からのオークションの再開も、あくまでも自分自身の中で・・・身の回りの整理をしていきたいのと。
新たに買いたいモノと、必要でなくなったモノとを・・・循環によって、取り入れいきたいって思ったので。
物々交換で、互いに自分が求めてるモノがあれば・・・その方が、本当は好いのかもしれないですよね。
なんだか、そんなことを考えたら昔の方が、理に叶った生き方だったのかも知れないですねぇ。(*^^*)
どっちを優先するかだろうと思う
最近、また霊感商法なるものが問題視されているようだ。人は悩みを抱えていたり。心が弱っているとき。
そんなときほど・・・霊能者・占い師・カウンセラー・ヒーリングやスピリチュアルというようなモノへと・・・
引き込まれていきやすいものである。
また、そうしたモノに頼ってしまう人ほど・・・のめり込んでしまうのだろう。
だが・・・「○○を購入すれば、幸せになれる」だとか。「○○を拝めば、金運が上昇する」だとか・・・
そうしたものは99.99・・・%有り得ないと、僕は想っている。そんな都合の良い神が居るほうが疑問。
確かに・・・こんな世の中だもんな。今より良くなるとか言われてしまうと・・・つい、心も動いてしまうだろう。
でも冷静に考えてみて欲しい。特別扱いするような神が存在するほうが、オカシイと想わないだろうか。
多くの場合「現世利益」を求めたモノである以上、「魂」(たましい)の向上には結びつくことは決してない。
僕はラクして現世利益が得られたとしても。壁を乗り越える経験なくして、「魂」(たましい)の成長は・・・
決して有り得ないと思っている。「魂」(たましい)の成長よりも、一時的な現世利益を得たいのならば・・・
そうしたモノに頼り・金を注ぎ込むのも・・・それも経験だろうと思っている。
騙される前に気付くのか。騙されて気付くのか。
この違いは、自分が・・・どちらを優先しているかで、決まってくるかも知れない。
それは・・・「魂」(たましい)の成長を優先したいのか。目の前の「現世利益」を優先したいのか。
「魂」(たましい)は、自分だけのモノでは・・・決して無い。「類魂」(グループ・ソウル)の一部だということ。
僕は「魂」(たましい)の本当の成長は、この「類魂」(グループ・ソウル)としての成長へと繋がるモノこそ
大切で必要なのでは無いかと思っている。つまり現世利益となってしまうような個人技は、ご法度だと。
そんなことで、美味しい想いをしたところで・・・ソコで新たなカルマを背負ってしまうだけだってこと。
世の中って思うようにならないことがあるからこそ。人生って山あり谷あり苦労が伴うからこそ。
人としても大きく成長していけるし。その結果、「魂」(たましい)の成長にも繋がっていくのだから。
昔・・・小学校などで、クラスの中で班に分かれてグループで何かを達成する!なんてことがあった。
自分が終えても、班で終えてない仲間がいたりすると・・・みんなで協力し合って頑張ったものだ。
「魂」(たましい)の成長も、こうした「類魂」(グループ・ソウル)全体がレベルアップしていけてこそ、
僕は本当の意味があるのだろうと思っている。
アナタが、いま・・・求めている「幸せ」
それは・・・「類魂」(グループ・ソウル)にとっても、「幸せ」だといえるものですか?
もし・・・何かに悩んだり、迷ったり・・・して、何かに頼りたい縋りたいって思うことがあったら・・・
そんなことも、ちょっと思い出して考えてみてはどうだろうか?それは「霊魂」になった僕も同じこと。
どんな立場であろうと、仲間あってこそってことを学んだ「班」での経験を忘れずにいようと思う。−福−
共感できる何かが繋がったのかな
ほんとに不思議な経験でした・・・
「CLOSE YOUR EYES」 いまは、この曲を聴いても・・・
特に涙が溢れて止まらなくなることなんか・・・ないのに。
あのブログを突然、書きたい!って思いだして・・・毎日、
ホント取り憑かれたように・・・「戦争」に関することを
朝から晩まで書き綴ってたって感じだったものです。
期間にしたら、ブログを書き出したのが終戦記念日の
2日ほど前から・・・秋ごろまでの短い間だったのに・・・
それも、わたしは・・・ズーッと「戦争」の真実を知るってことを何だか避けてた部分もあったのかな?とさえ
感じていたほど、それまで知りたいって気持ちは自分の中には・・・無かった気がするのに・・・
特に、特別攻撃隊に対する感情は、何か別格のモノを感じるほど・・・それは「共感」って言葉が、
いちばん相応しいとさえ感じるような感情が・・・溢れだしてきて止まらない感じでした。
![]() |
わたしは、彼らの「魂」(たましい)に触れさせてもらった気がしています。
そして・・・彼らを知ることによって、彼らを通じて・・・本当に「愛する」ってことが、どんなものなのかとか。
「自己犠牲」の中にある、さまざまな愛について考えさせてもらった気がしています。そして・・・「誇り」を
持っていたからこそ成し得た結果だったんだろうなって・・・実感できた気がしています。
あのブログは、当初は・・・続けていくつもりでいたのですが・・・突然はじめたくなったように、
突然おわらせたくなった・・・そんな感じで、ある日ピタッと投稿することを止めてしまったブログです。
わたしの中では、何だか中途半端な気がしているのですが・・・どういうわけか「もう必要ない」という、
そんな想いも・・・感じてくるので、必要以上に書き留めていくことは、いまは・・・していません。
それは、わたし自身が書きたかったというよりも・・・ヤッパリ誰かによって、書かされていた・・・
とでもいうのか。誰かが伝えたがってたという方が、しっくりくるかなって感じですが・・・
きっと・・・太平洋の海が間近で、部屋の窓から・・・その海を見たりしてることが多いので・・・
海で亡くなった特攻兵の方とかと・・・波長(はちょう)が合ったりしたのかも知れないです。
なんだか、わたしには・・・そんんな気がしています。
わたし自身、彼らの波長(はちょう)と合うことがなければ・・・あの「戦争」の真実を知りたいって、
自分自身から思うことは・・・きっと無かっただろなぁ〜って、そんな気がしています。だけど・・・
どんなカタチにしろ、わたしは・・・あの「戦争」と向き合えたことで、亡くなった両親に対しても
同じ「戦争」を経験し。乗り越えて、そんな父と母が出逢い・・・自分たちが生まれたんだなぁと
思ったら・・・本当に「心」(こころ)の奥底から、両親に対しても感謝できたと思ってます。
両親から、あまり・・・「戦争」のことを聞くことが無かったけれど・・・わたしは「戦争」の真実と向き合い、
自分たちの先人が、どれほど苦労してきたのかを知り。はじめて自分が日本人として生まれてきたこと。
そして、その意味や・・・そのことへの感謝の気持ちを抱かせてもらった気がしています。
わたしにとって、あのブログを書かせてもらったオカゲで・・・その後、地球に対しての関心も深まり。
エコバッグの使用だとか・・・そうしたことにも、「意識」が向くようになり・・・いまに至ってきています。
一見・・・なんの繋がりも無いように感じるコトでも、ソレを繋ぎ合わせていくことによって・・・自分を、
大きく変えていくキッカケになったり。それまで無関心や無意識だったことへ、関心が生まれたり。
意識していけるようになったりしていくものです。
何だか・・・そぅ思うと、過去も現在も未来も・・・繋がっていて。みんなの「心」(こころ)も繋がってる。
そんな気がしてくるものです。そうそう長渕さんの曲・・・わたしは、「STAY DREAM」と「Myself」も、
けっこう好き。何だか、この歌を聴いてると・・・福ちゃんの生前の頃の「心」(こころ)の中を垣間見た
そんな気がしてきて・・・なんだか・・・胸がキュンとしてきまぁ〜す。(*^^*)
それは後でも、いつでも学べるモノ
お気に入りやってゆうてはったもんなぁ〜(;^_^A いやいや、なかなかええこっちゃ!(爆)
あの子の純粋さは、キミ(ゆか)譲りかも知れんなぁ〜┫ ̄旦 ̄┣ フフッ
僕な・・・「純粋な心」って大切やなって、ほんま・・・思うよ。 今までにもココにも書いたと思うが・・・
生きてるときに、キミ(ゆか)に出逢っていたとしても・・・好きになっても、惚れたり・・・ってことは、
あれへんかったかも知れんなぁ〜(ーー;).。oO(想像中)ってくらいに、キミ(ゆか)は、生前の
オレの好きなタイプとは真逆の女やと思う・・・
48になった今も・・・どこか子供のような無邪気さと、純粋な心を持ってる。生前の自分からは、
想像もできんようなタイプかも知れんもんなぁ〜(爆) でも・・・キミ(ゆか)に出逢って、オレが・・・
いちばんグッときたんは、こんな、いまのオレのために純粋に心から涙を流して・・・真剣にオレの、
話しを時間を気にすることなく聴いてくれた・・・その純粋さやった。
それまで自分が持っていた価値観とか。考え方とか・・・
そうしたモノが、一変した瞬間やったんかも知れん。(T(T(T(T_T)T)T)T)うるうる・・・
いまでも、あのときのことを思い出すだけで・・・ホンマに感謝の気持ちで・・・ オレも、キミ(ゆか)の
長男の出産に立ち会ってるからなぁ〜(爆)(爆) もちろん自分の子や無いけれど・・・あれから、もぅ
17年も経ってこの子も、こないになったんやなぁ〜と思ったら感無量やったよ。
勉強なんてもんは、ほんまに自分が学びたいと思う気持ちと意欲さえありゃ。
年齢なんか関係なく・・・いつでも学ぶことは、必ずできるチャンスはある。
でもな・・・そのときにしか、できない経験。学べないモノってのもあるんや。
視てる人は、チャンと視てくれてるもんや。 人ってな、人格を作り上げていく時期は・・・
取り戻すことって難しいもんや。でもな、勉強なんてもんは・・・その時期に成果を
上げれんかったとしても。人間としての基礎がシッカリ作られていれば取り戻せるよ。うん!(^(ェ)^)
ほどほどにしとく方が無難なモノ
ひとまずは安心ってとこかな、、、
ネット上の3D仮想空間「meet-me」α版を今冬に
公開するとの発表があった。
東京をリアルに再現する“和製Second Life”って
ことらしい、、、以前、この「Second Life」というのを
教育テレビだったかで知り、相棒(ゆか)と調べたことがあった。
僕らは、自分が知らないこと・興味のあること・疑問や不信を抱くようなこと・・・などがあると、
お互いにソレをメモするようにして個々に調べて、一緒に学んでいくようにしている。一緒に学んだり、
知ることができる方が、互いに感じたことや思ったことなどの意見交換もしやすいからである。
この「meet-me」α版に関しては、いまのところ詳しいことは定かでないのだが・・・
「Second Life」の海外版などに関しては、問題あるなぁ〜と感じる部分もあったりしたものだった。
日本語版もあったと思うが・・・内容を見て・・・(ーΩー )ウゥーンと感じるモノがあったので見送った。
今回、この「meet-me」α版に関しては、その心配していたモノの3ツ(仮想マネーの流通・アダルトや
ギャンブル性の強いモノ)に関しては・・・いまのところ見送られるようなので、ひとまず安心している。
ネットという世界にも、最近・・・好ましくない波長(はちょう)の連中(霊的な)が行き交うことが多くなってる。
僕らは、自分たちが感じてくる波長から・・・そんな印象を持たずにいられないので気になっていたからだ。
こんなモノの中に、架空にせよマネーが流通するようになってしまったり。
アダルトやギャンブル性の強いモノが、使われるようになってしまうと・・・ますます、犯罪が多発するし。
人の心も、ますます蝕まれていってしまうばかりだろう。害あって一利なしといった結果になりかねない。
提供者の方でも、また利用者の方でも・・・こうしたコトへはルールをシッカリと設けて、自己責任で
行うようにしていかないと・・・悪事を企てる存在にすれば、かっこうの餌食になり兼ねないからな。−福−
「命」を精一杯に生きること
「命」・・・人にとって生きるとは?
薬害C型肝炎訴訟の原告団の方たちの心情を思うと、
「人の命は地球よりも重い」という言葉を思い出します。
原告の中には、出産時に伴い止血剤として用いられた
ケースが多く・・・「命」ということに対して、いちばん・・・
慎重であるべきはずの場所で、こうした結果を招いた
ことの重大さは・・・無視できないと思っています。
薬害の問題は、過去にもあったのにも関わらず・・・
その経験はココでも活かされてこなかったことが、
また明確になった気がします。
福田総理は、政治的判断を下すのでしょうか・・・
シッカリと成り行きを見守っていきたいものです。
人は・・・誰でも、いつかは死を迎えるものです。しかし、自分の「命」が死と隣り合わせであることを
常に意識しながら生きていかなくては成らないという現実を背負って生きなければならないということは、
想像以上に・・・さまざまなモノが、心身に圧し掛かっていることだろうと思います。
国家って、冷酷で残酷な部分があるものです。
同じ時を過ごしていても・・・この国に生まれたということで、その人の人生が大きく変わってしまうのだから。
アメリカが承認を取り消した段階で、日本も同じ選択をしていれば・・・と思うと悔やまれてなりません。
日本の国って、そうした部分では・・・すごく対応が遅くて不十分な気がしてなりません。
1955年に起きた「森永ヒ素ミルク事件」これは、一企業が起こしたものでしたが・・・森永は、自社の責任を
認め・・・財団法人としての被害者の会にて恒久救済というカタチで、その償いを背負ってきています。
わたしは、こうした姿勢が企業に留まらず国そのものにも必要な気がしています。犯してしまった過ちを、
認めた上で・・・それらを封印してしまうことなく、後世へと活かすものに変えていけなくては無くならない。
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は、クリムトの「生と死」という作品です。