2008年08月の記事一覧
あなたへのメッセージ283

このメッセージは、スピリチュアルカウンセラーとして活躍されている江原啓之さんによる
「あなたへのメッセージ」より、お届けしています。あなたの人生にも役立ててくださいね。
[恋愛]
自分の容姿や性格にコンプレックスを感じるなら勇気を出して、
あなたと正反対の友人を見つけてみましょう。
その友人から、あなたが持っていない多くのことを学びましょう。
[仕事]
自分の最大限の力を使って仕事をしても、うまくいかないこともあります。
しかし、だからといって落ち込むことはありません。挑戦をしたことが大切なのです。
そしてまた力をつけてから挑戦すればいいのです。
[子育て]
家庭は舞台のようなものです。父親、母親、子ども、それぞれの役回りがあるのです。
父親が父親役と母親役を兼務してもいいのですが、
家庭の中でそれぞれの役のバランスが取れていることが必要です。
[人生の指針]
寿命や、生まれながらに負った病気などは「霊(たましい)の病気」です。
その人が人生で克服すべきテーマが込められています。
いかに治すかという課題のこともありますが、その病気といかに付きあっていくかが課題の場合もあります。
よし!このまま進んでいこう!
「変えられないものは、受け容れることです」と・・・
書かれていた解説には、「宿命」は受け容れるほうが良いと書いてありました。
改めて、そうだなって感じています。「宿命」には・・・大きな意味が、あるように感じるからです。
・・・というか、その「変えられないもの」こそ現世での学びの中心的な重要な課題なんじゃないかなって・・・
わたしは、個人的にそんな気がします。だから、自分が憑依・霊媒体質であることを変えようとは思いません。
自分が変わっていくことは必要だと感じても、憑依・霊媒体質だということは認め受け容れています。
人の気持ちって、ホントは・・・自分自身の感情によってふりまわされてるだけなのかもしれないなぁ〜って、
わたしは「受け容れる」ということを学ぶようになって、そう・・・実感できるようになりました。それからかな・・・
それまで相手に対して、不満に感じたり。不足だと思ったりしていたことに・・・
自分が不満や不足を抱くことが少なくなってきたのは・・・抱いても、持ち続けることや。持ち越すことは、
いまは・・・なくなったかなって気がします。この・・・持ち続けや、持越しが更に自分を苦しめるだけ・・・
ソレにも、気付けたからなんですけどね。(*^_^*)
今日は、外の日差しは相変わらず暑いですが・・・部屋の中は、窓からの海風が心地好くて、
ボックス扇風機だけで、気持ちよく過ごせます。理想的な環境だなぁ〜とっても気持ちがいい!
つくづく、自然の風が何よりもカラダにもココロにも嬉しいものだと感じさせてもらっています。
さてと、今日は出品日なので・・・そろそろ、出品作業することにしまぁ〜す(llllll´▽`llllll)ノ♪
「霊的真理」は宗教の基本と素なのかも
みなさんは何か信仰されているモノってありますか?信仰というより、何かの宗教を信仰っていう意味で・・・
わたしはココでも何度か書いてきてますが、信じる気持ちは持っていますが・・・「宗教」という意味での
信仰は・・・いまは、特に持っていません。
教会の日曜ミサに行ったこともあったし。実は・・・創価学会にも籍を置いてた時期もありました。
登山と称される本山へ行ったり。座談会に出たり。まぁも当時は・・・それなりに参加してたものです。
でも・・・自らの意思でというよりも、美容師をしてた頃の店の先生が学会員だったこともあって・・・
半ば、断り難い状況下の中で続けていたってのが本当のところでした。
でも、仏教の教えそのものには関心もあったので、拒絶反応があるとかってことでは無かったんですが・・・
続けていけばいくほど、わたしの中で教えと相反する学会の考え方というのか対応に矛盾を感じ辞めました。
引っ越してからも、しばらくは・・・何処で知ったのか引越し先で学会の人が訪問してきたりとかあったり・・・
でも、いまは・・・まったく関わりは持ってないです。近くに学会の方がいらっしゃって選挙になると・・・
必ず来られますが、ハッキリお断りしています。
選挙は、人に言われたり頼まれて投票するモノではんないと思っているので・・・
個人的には、般若心経の教えが好きで年に何回かは、福ちゃんと本を読んだりしています。(*^_^*)
人は・・・ときどき、この「宗教」の違いなどが原因で「戦争」にまで発展してしまうことがありますよね。
わたしはが福ちゃんと一緒に「霊的真理」を学びたい!と思ってから・・・22年以上、経ちますが・・・
この間に実感したり、思ったことは・・・
「霊的真理」は、総ての宗教の素のようなモノで・・・この教えを、正確に学んでいくことができれば
「宗教」や「宗派」などというような枠組みには、囚われることも必要もないって気がしています。
人間にとっても、「魂」(たましい)にとっても、「霊的真理」は唯一共通する大切な教えで基本。
「宗教」というのは、そうした「霊的真理」を知り学んでいくための手段なのではないかって思っています。
宗教に限らず心理学とかいろいろと学びの手段ってあると思いますが、唯一・・・誰もが学べる手段として
神さまが与えてくだったモノこそが・・・
自らが経験し、感動し、実践的に感じ取って学んでいく方法なのかもしれないって思ったりします。
コレは、国や時代や性別や年齢や、障害や病気を抱えているとかというようなリスクに関係なく・・・
総ての人々の公平に与えられた、「魂」(たましい)と「心」(こころ)の学びをしていくための手段なのだと・・・
そぉ考えると、霊的観点から視たとき・・・これ以上の公平さは無いように感じるんです。
つまり、ソレを活かしていけるかどうかは・・・自分しか存在してないってことでもあるんですよねぇ〜
なのに・・・人って、現世利益というのか。宗教や占いや霊能者さんに頼るのが好きというのか・・・
依存してしまう傾向が強いのかもしれません。
わたしからすれば、キリストも仏陀もアラーの神も・・・さまざまな神々も仏様も・・・優劣も無く大差もなく。
そんな印象を持っているんです。それぞれ、信じる人や信仰しているものにとっては大切だろうし。
ベストなんでしょうし。それでいいんだと思うんです。
その人にとってベストであるならば、それ以上のものってないと思うし。だから、この神は正しいけれど。
アッチの神は認められないという考えは・・・正直、あんまり快くは思っていません。
わたしにとっては、個人的に江原さんが言ってることとかと共通するモノを自分自身が感じたりするので。
けっこう学びの大先輩としては、オーラの泉なんかをはじめとして見聞きしたりはしていますが・・・
別に信仰対象として捉えたり、ミーハー的なモノは・・・誰に対しても、まったく持ってないです。
わたしの中では、カタチある対象となる存在ってないのかもしれません。カタチは無いけれど・・・
眩いくらいの光の一筋は・・・あるように感じているので・・・その光が差し込んでくる方向を目指して・・・
日々、福ちゃんと共に一歩ずつ進んでいくことこそが、わたしたちの中の信仰のような気がしています。
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