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〆光に向かって①[気付き学び]

それぞれの場所で修行

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比叡山・千日回峰行「堂入り」

比叡山の峰などを1千日間にわたって巡る荒行である、
千日回峰行を続けている延暦寺の大乗院住職、
星野圓道(えんどう)師(32)が13日午後1時、

大津市坂本本町の無動寺谷明王堂で、最大の難関と
いわれる「堂入り」の行に入った。

21日までの9日間、堂にこもり、食事や水を断ち、
不動明王の前で不動明王の真言を10万回唱え続ける
最難関の苦行と言われるものだ。戦後12人目らしい・・・

この千日回峰行とは、7年間で地球一周分の距離を歩く
という天台宗総本山延暦寺(大津市)独特の修行だ。

千日で歩く距離は約4万キロ、地球を一周するに等しい距離になるという。


では・・・「悟り」というものは、このような厳しい修行を乗り越えなければ得られないのだろうか?

いや、それは決して違うといえる。何も荒行を重ねたり、経典を唱えなくてはならないなどという決まりも、
この信仰をしなければならないということも無いのだと僕は思っている。

修行僧であっても、一般市民であっても・・・真理を学ぶチャンスは平等に与えられているのだろう。

主婦であっても、日々の子育てや家庭生活の中であっても、気付きのチャンスは個々にあるだろうし。
どんな環境や状況であったとしても、魂や心を鍛えていくことは誰にでも与えられているはずだからだ。

しかし、多くの人は・・・そうした中で、気付かずに通り過ぎていってしまってるだけなのだろう。
何も寺の僧侶や修行僧たちだけが・・・真理に近い存在ということではないのだと思う。


「悟り」というものも、思わぬことがキッカケで拓かれることがあるのだと思う。逆にいうならば・・・
だからこそ、日々の暮らしの中にもそれだけ学べるものが多々あるのかも知れない。

科学の世界なんかでも、思わぬ出来事や結果が、大きな発見に繋がるということがあるものだが・・・

それは日常の中にも言えることなのだろう。目の前に起きた出来事を、ただの偶然だと片付けてしまうか。
その目の前で起こった出来事を偶然と捉えずに、どうして・・・そうなったのかという疑問符を投げかける。

ソレが出来るか、出来ないか。ソレをやるか、やらないかで。その先にあるものも、変わってしまうだろう。


どんな人生であろうとも、どんな環境であるにせよ。どんな状況の中にでも「悟り」への道筋は必ず、
用意されているのだと信じていくことこそが、いちばんの修行なのかも知れない。

それは・・・誰もに、平等に与えられた真の「悟り」への第一歩となる扉であって、
誰の心の奥底にも眠っているもの・・・

その扉を開けるか、開けないか。
開けれるか、開けれないか。ただ、それだけなのかも知れない。福


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